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悲報!「サクセス」の先に「ハッピー」は存在しないらしい。

ショックを受ける男性の写真

こんにちは。

あるいは、こんばんは。

どうも、谷崎 元です。

のっけから暗い話題で申し訳ないんだけど、最初に今回の僕の主張を簡潔にまとめると……

あのですね、実は……

「サクセス」の先に「ハッピー」は存在しないらしいですよ。

ということになります。

もちろんこれは、あなたの気分を暗くするために伝えているのではありません。

僕自身が「イケてる自分」や「バラ色の未来」ってヤツを手に入れるためにはどうしたらいいかなーって真剣に考えた末の結論です。

つまり、「イケてる自分」や「バラ色の未来」を手に入れるためには、「サクセス」の先に「ハッピー」は存在しないんだ、ということをしっかり理解してからでないと話が先に進まないよ、ということを言いたいのです。

 

■ 多くの人は「サクセス」すると「ハッピー」になれると思っている。

多くの人は「サクセス」すると「ハッピー」になれると思っていますよね?

少なくとも僕はそうでした。

だから仕事を頑張ってきたし、「サクセス」するためと思って情報収集したり、人に会ったり、本を読んで勉強したりしてきたんです。

でも、僕は結果的に全然「ハッピー」じゃありません。

サクセスしてもハッピーになるとは限らないというイラスト

…おっと、

「お前はそもそもサクセスしてないだろう!」

というあなたのツッコミが聞こえます。

おっしゃる通りです。

確かに僕は「サクセス」すらしていないので、全く説得力がありませんね。

本来であれば、僕だってそれなりの「サクセス」をしてから、

『僕は「サクセス」したけど、全然「ハッピー」じゃないんだよ』

っていう風に話をしたかったです。

でも僕が「サクセス」するのを待っていたら、あと何年かかるか分からないし、それだとあなたにその事をお伝えすることがどんどん先延ばしになってしまいます。

だから自分でも説得力無いなーとは思いつつ、このタイミングでお話しすることにしたんです。

 

■ 仕事で成功しながらも、私生活が崩壊している有名人

僕が「サクセス」していない以上、実例をもってそれを証明するしかありません。

手始めに、日本のエンターテインメント界においてカリスマの中のカリスマである「永ちゃん」こと、矢沢永吉さんの言葉をご紹介しましょう。

「3年でサクセスできたけど、ハッピーになるには15年かかったよ」

この言葉だけを見ると、「ハッピー」は「サクセス」してから手に入れるまで時差がある、というようにも読み取れますが、別の機会でこんなことを言ってます。

「20代で長者番付に出たけど、心がちっとも温かくない。『神様、成功したら寂しさ、悲しさは消えるんじゃなかったの』と聞いたら、神様が指さした。見るとサクセスとは違う、もう一つのハッピーというレールがあった。成功と温かくなることは別だったんだ」
(2018年元日の朝日新聞から引用)

つまり矢沢永吉さんが「サクセス」と「ハッピー」を明確に区別しているということが分かります。

・・・

ジャック・ウェルチは、世界最大の総合電機メーカーであるゼネラル・エレクトリック(通称:GE)の経営を立て直した功績から、「伝説の経営者」や「20世紀最高の経営人」と呼ばれた人物です。

偉大な経営者として脚光を浴び、多くの賞賛と莫大な報酬を手にしました。

しかし経営者としては大成功を収めたウェルチも、家庭人としてはその資質に欠けていたようです。

最初の夫人との間には4人の子供をもうけたものの、18年目にして離婚しています。

2番目の夫人ジェーンとは、離婚時の慰謝料をめぐって訴訟にも発展しています。

そしてその訴訟の過程でGE社在籍時代の不透明な利益供与が暴露され、企業不祥事としてもメディアに取りざたされてしまうことになるのです。

まさに「仕事で成功しながら、私生活が崩壊している人」の典型ですね。

・・・

あのAmazonのCEO、ジェフ・ベゾス(*)も成功したけど不幸になった人びとのうちの一人です。

ジェフ・ベゾスは言うまでも無く世界最大級の資産家の1人ですね。
経済誌フォーブスの長者番付によると、2020年時点で総資産は2,046億ドル(日本円だと21兆円くらい!)の資産を有するとのこと。
世界で初めて資産が2,000億ドルを超えた人物としても知られます。

そして2019年1月に自身のTwitterで離婚を発表しています。

離婚調停はそんなに泥沼化しなかったようですが、それでも慰謝料は過去最高の350億ドル(約3兆9000億円)以上に相当するんだそうです。

奥さんのマッケンジーさんは、Amazonの創業当時からジェフ・ベゾスを支え続けたそうですが、ジェフ・ベゾスは結局そんな素晴らしい女性とは添い遂げることができず、失うことになってしまったという訳です。

(*)2021年2月に今年の第3四半期(7月-9月)に会長に退くと発表しました。

・・・

次は分かりやすく日本の有名人の事例をご紹介しましょう。

歌手の浜崎あゆみさんです。

彼女は2012年に発売したベストアルバムにおいて、シングル・アルバムの総売上枚数が5000万枚越えという、ソロアーティストおよび女性アーティストとしては史上初の快挙を達成しています。

また日本レコード大賞を3年連続で受賞し、同時に若い女性のカリスマとして社会現象と言ってよい人気を誇っていました。

しかしその栄光の陰では、多くの葛藤や苦難があったようです。

例えば自分自身の理解が追いつけないほどの成功による孤独や焦燥。多忙が原因の聴覚障害。ひとりの人間としてではなく「商品」として見られてしまうことに対する葛藤などなど…。

その光と影を描いた小説が発売されるほどです。

・・・

いかがでしょうか?

他人がうらやむほどの成功をおさめたからと言って、必ずしも幸せだとは限りませんよね。

あなたからは「事例が極端なんだよ!」というお叱りをいただきそうですが、それは僕も同じ気持ちです。

確かに僕たちが望んでいるのはそんな大成功ではなく、ささやかな成功なのかもしれません。

でも、ただやみくもに「サクセス」すれば必ず「ハッピー」になれるんだ、と思い込んで突き進んでしまう危険性は伝わったのではないでしょうか?

とにかく「サクセス」したって、必ずしも「ハッピー」になれるとは限らないし、逆に「サクセス」しなくったって、「ハッピー」になることはできるんじゃないかと思うんです。

この「サクセス」と「ハッピー」の関係性を理解することが、理想の人生を手に入れるための第一歩なんだと僕は思います。

 

■ 「サクセス」しても「ハッピー」になれない理由。

ではここから「サクセス」しても「ハッピー」になれない理由をもう少し具体的に考えてみましょう。

●理由1:手段が目的化してしまうから。

僕はこの手段が目的化してしまう、というのはなかなか侮れないな、と思います。

多くの人が「手段」と「目的」を正しく理解しないで生活しているような気がするんです。

最たるものは金儲けが目的化しているケースです。

本来は目的を実現するために必要だからお金が欲しいはずなのに、その本来の目的を見失ってただ「サクセス」を目指すマシーンのようになっている人を見かけます。

「サクセス」を目指すマシーンのような人物のイラスト

もう自分が何のために「サクセス」したかったのかを忘れてしまった人々です。

また、サクセスの「度合い」に理由や目標が無いのもこのケースに当てはまるでしょう。

つまり「目的」を忘れてしまったのではなく、最初から「目的」なんて存在しなかったというケースです。

あなたはなぜ自分が「サクセス」したいのか、真剣に考えたことがありますか?

ある?

本当に?

じゃあその理由や目的はなんですか?

どうなればあなたの「サクセス」は達成されるのですか?

それを数値で言えますか?(例えば資産総額や具体的な地位など)

それはいつまでに達成しようと考えていますか?

それを具体的にどのように達成しようとしていますか?

ゴールまでの途中経過を定期的にチェックしていますか?

……問い詰めるようですみません。

実は僕もこういうことはキチンと考えたことがありませんでした。

なので、遅ればせながら自分の「サクセス」を定義することにしたんです。

●理由2:「サクセス」に比例して代償も大きくなるから。

「サクセス」しても「ハッピー」になれない理由の二つ目は、サクセスすればするほど、その代償も大きくなるというのが挙げられます。

例えばサラリーマンの場合、給与所得を上げようとすれば、社内で出世しなくてはなりません。

当然ながらライバルとの激しい競争に打ち勝つ必要が出てきます。

上司からは厳しいノルマを課せられ、あるいは部下からの突き上げも喰らうことでしょう。

加えて、近年では企業側が年収の高い社員の雇用を維持できなくなってきているという現象も起きています。

管理職に対して早期退職を促す企業も増えているそうですが、あなたの会社ではどうですか?

解雇されてしまった人物のイラスト

単純に経験値と実績で年収が上がっている社員より、将来性のある若手を安い人件費で使った方が合理的だ、という判断が浸透しつつあることを実感します。

つまり「サクセス」すればするほど周囲からの期待やプレッシャーが強まり、そのハードルは「サクセス」に比例してどんどん大きく、高くなってしまうのです。

その結果が相対的に「ハッピー」を感じられなくなってしまう原因となっています。

ノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大学の心理学者、ダニエル・カーネマン教授の研究では、人間の幸福度は年収7万5000ドル(約900万円)までは収入に比例して増えますが、それを超えてくると収入が増えても幸福度はほぼ変わらない、という結果が出たそうです。

なぜ収入が上がっても幸福度は比例して上がらないのか?

要するにその「サクセス」を維持するコストが大きすぎて、幸福度の損益分岐点を超えることができなくなってしまう、ということなのでしょう。

例えば

  • 睡眠時間を削って仕事に打ち込まないとならない。
  • 休日出勤や急なスケジュール変更で家族との時間を犠牲にする。
  • 同僚を蹴落としたり、顧客をだましてでも成績を上げないとならない。

といったことが日常的に起きていたとしたら……。

そりゃ「ハッピー」とは程遠い生活をしていると言えますよね。

●理由3:年収ほどの差が暮らしぶりからは実感できないから。

「年収1000万円!」

なんていうのは一般人からしたら憧れ以外の何物でもありません。

国税庁の調査によると年収が1,000万円を超える人は、全体のわずか5%だそうです。

これに対して給与所得者の平均年収は441万円となっていますので、一般的な年収の会社員と、年収1,000万円を超える高給取りとの間には大きな差があることが分かりますよね。

しかし、年収が倍以上あるからといって、果たしてそれぞれの暮らしぶりにそこまで差が生まれるでしょうか?

もちろん差はあるんでしょうが、現代の日本においては貴族と平民ほどの違いは無いのではありませんか?

王様のイラスト

例えば、住んでいる家が都内のタワーマンションか郊外の安いアパートか、という程度の違いはあるかもしれません。

でもちゃんとした屋根のある部屋の中のベッドで寝ることができる、という点では変わりません。

あるいは、乗っているクルマが高級外車か軽自動車か、という程度の違いはあるかもしれません。

でも好きな時に好きな場所へ気軽に移動できる、という点では変わりません。

つまりどちらも程度の問題であって、身分が違うという程の格差ではないはずです。

セレブだってユニクロの服を買うこともあるでしょうし、一般人が高級ブランドのバッグを買うことだってあるでしょう。

そう考えると年収1000万円を維持するために、その金額差以上にハードワークを求められた場合には「割に合わない」と感じてしまう人がいたって不思議じゃありません。

さらに言えば、年収から税金を差し引いた「手取り」の金額を比較すると、両者の差はさらに縮まります。

住宅ローンやクルマの維持費、教育費などを差し引いて考えると、実際に使える月の予算という意味では、思ったほどの差が生まれないのが実感なのではないでしょうか。

なので「年収1000万円」というわかりやすい「サクセス」を手に入れても、そこまで「ハッピー」を実感できる訳ではないのかもしれません。(知らんけど)

●理由4:一度味わった生活水準は変えられないから。

あなたも年収が上がれば良いなと思うでしょう?

もちろん僕もそうです。

仮に年収が急に倍になったと想像してみてください。

僕は年収が倍になったらクルマが欲しいです。
それも「LibertyWalk」というカスタムショップのパーツをつけて、カッコよく改造したいです。

また休日の朝食はカフェかファミリーレストランに行きたいです。
メニューも豊富ですし、何より準備や後かたずけから解放されますからね。

家の掃除はヘルパーさんに任せたいし、エアコンやレンジフードの掃除はプロの業者を呼びたいと思います。

たまにはデパートに行って値段を気にせずお買い物がしたいです。

たくさんの買い物をしている人物のイラスト

ああ、セレブな暮らしに憧れます。

でもちょっと待ってください。

逆に年収が半分になったことを想像してみてください。

今の生活水準を半分になった年収なりのものに落とせますか?

えええっ!?

僕は無理です。

今住んでいるマンションは気に入っているし、趣味で通っているテニススクールも辞めたくはありません。

生活のありとあらゆるものを切り詰めないと、とても半分の年収では暮らしてゆけないことは明白です。

つまりそれは「サクセス」した人も同じことなんだと思います。

「サクセス」して生活水準が上がれば上がるほど、コストも高くなります。

人間は収入が増えれば増えるほど、もっと高いものや多くのものを欲しがってしまうものなのです。

ひとたび「サクセス」してしまうと、付き合う人たちも変わってくることでしょう。

高所得者層が多いとなると、どうしてもそのなかで外せない付き合いや、見栄をはらなくてならない事態も出てくるでしょう。

実は年収1,000万~1,200万円の単身世帯で、貯金ゼロというケースは45%にもなる、というデータがあるそうです。

収入が多くても貯金が出来ないのであればは、やってることは低所得者層と変わりません。

そして一度味わった生活水準は変えられない、というジレンマがあります。

もし高額所得者の皆さんが、収入がダウンしてしまうことへの恐怖に怯えながら生活しているとしたら……?

なんなら貧乏な方が実は「ハッピー」だった、という逆転現象だって起きかねませんよね?

 

■ 「サクセス」の先に「ハッピー」は無いけれど絶望しないで欲しい。

では改めて今回のお話のポイントを3つにまとめてみますね。

01.「サクセス」すれば「ハッピー」になれると思ってはいけない。

02.大成功を収めた人物だって不幸になった人は大勢いる。

03.「サクセス」しても「ハッピー」になれない理由はいくつもある。

……ああ、なんだか書いていて暗い気持ちになります。

でも、絶望するのはちょっと待ってください。

僕の思考はすでに次のステージに移行しています。

冒頭で僕は

「イケてる自分」や「バラ色の未来」を手に入れるためには、「サクセス」の先に「ハッピー」は存在しないんだ、ということをしっかり理解してからでないと話が先に進まない。

と言いました。

大丈夫。

安心してください。

まだ僕の話は始まったばかりです。

このブログを通じてあなたが現在の「イケてない自分」と、理想として思い描いている「イケている自分」とのギャップを埋めるヒントをお伝えできたらいいなと思います。

もしよかったらまた遊びにきてください。

僕は今日も地球の片隅で、目立たない戦いをしています。

それではごめんください。

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